2021/09/30 06:30

2015年、ある研究がおこなわれた。

グーグルのような検索エンジンが、人のものの見方に対して及ぼす影響を調べたものだった。

その研究は、インドでの選挙の直前に実施された。心理学者ロバート・エプスタイン率いる研究チームはインド国内の浮動票の有権者2150人を対象に、特別に用意した「カドゥードゥル」なる検索エンジンを使って、候補者について調べさせた。

カドゥードゥルの検索結果は操作されていた。

被験者は知らないうちにいくつかのグループに分けられ、各グループは少しずつ異なる検索結果を見せられた。特定の候補者が有利になる検索結果だ。

あるグループがその検索エンジンを使うと、トップページに表示されるのは1人の候補者に好意的なことが書かれたサイトだけで、ほかの候補者に好意的なサイトを表示させるには、何度もスクロールしなければならなかった。トップページに表示される候補者は、グループごとに違っていた。

被験者は当然、検索結果のトップページのいちばん上に出てきたサイトに、じっくり目を通した。

「死体を隠すのにうってつけの場所は、グーグルの検索結果の2ページ目だ」──そんな有名な冗談があるが、まさにそのとおりだ。被験者はみな、検索結果の下のほうに表示されたサイトにはほとんど目もくれなかった。

それは致し方ないとしても、検索結果の順位が被験者の気持ちに及ぼす影響の大きさには、その研究のリーダーのエプスタインでさえ驚かされた。偏った検索結果をほんの数分間見ただけで、検索結果の1ページ目に表示された候補者に投票する割合が12%増えたのだ。

イギリスの選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカの事件はご存じかもしれない。

フェイスブックのユーザーの個人プロフィール(データ)の一部がケンブリッジ・アナリティカ社によって取得され政治的利用をされていた事件
2012年、ケンブリッジ・アナリティカが設立される1年前のこと、ケンブリッジ大学とスタンフォード大学の研究チームは、心理学の5つの性格特性(開放性、勤勉性、外向性、協調性、神経症的傾向)とフェイスブックの「いいね」の関係を調べた。

まずは、クイズ形式の設問を作り、それをフェイスブックで公開して、人の真の性格とネット上の性格の共通点を調べた。そのクイズをダウンロードした人たちは、同意のうえで2つのデータを提供することになった。それまでにフェイスブックで「いいね」を押した数と、クイズの結果、つまり、真の性格の点数だ。

何に「いいね」をしたかということと性格に関係があるのは、不思議でもなんでもない。翌年、研究グループが論文で発表したとおり、サルバドール・ダリや瞑想、TEDトークが好きな人は、開放性の点数が高かった。一方で、パーティーやダンス、リアリティー番組の派手で明るくて感情的な登場人物が好きな人は、どちらかといえば外向的だった。

「いいね」と性格に関係があることが裏づけられ、研究チームはフェイスブックの「いいね」をもとに、人の性格を予想するアルゴリズムを作った。

2014年に2回目の研究がおこなわれる頃には、研究チームは、ある人のフェイスブックのページから300個の「いいね」を集めて、アルゴリズムにかければ、その人の性格を配偶者より正確に判断できると断言した。

この研究はそもそも、それを広告にどのように利用するかということに端を発していた。そこで、2017年、その研究チームは個々の性格に合わせた広告を表示する実験をおこなった。

フェイスブックを使って、外向的な人には(実際には大勢の人に見られているけれど)「誰にも見られていないかのように踊る」というキャッチコピーで化粧品の広告を表示した。

一方、内向的な人には「美は叫ばない」というキャッチコピーで、鏡の前に立って微笑んでいる少女の映像を表示した。

その結果は、個々の性格を考慮せずに同じ広告を表示させたときに比べて、クリック率が40%、購入率が50%増えた。広告主にしてみれば、かなり魅力的な数字だ。

研究チームは論文を発表して、そのやり方を実践した企業の1つが、2016年にトランプの選挙活動のコンサルティングをおこなっていたケンブリッジ・アナリティカと言われている。

ケンブリッジ・アナリティカがターゲット広告の手法を使っていたのはまず間違いない。とはいえ、そのやり方だけなら、立候補者が地元の無党派層の家を一軒一軒訪ね歩くのと大差ない。欧米の国の大きな政党はみな、大規模な分析をして、有権者にマイクロターゲティングをおこなっている。

だが、イギリスの『チャンネル4・ニュース』が報じた暴露映像が本物なら、ケンブリッジ・アナリティカは個人情報を利用して、感情に訴える政治的メッセージを有権者に向けて発信していたことになる。

例えば、神経症的傾向が強いシングルマザーに対して、家にいても襲撃されるかもしれないと不安をあおり、銃の必要性を訴える人たちの言葉に耳を傾けさせた。

それに加えて、ケンブリッジ・アナリティカは広告も作って、それをあたかもニュースのように見せかけたと非難されている。

内部告発者が『ガーディアン』紙に話したところによると、その選挙運動のあいだでとくに有効だった広告は、「クリントン財団の10の不都合な真実」と名付けられた対話形式の映像だった。

さらに、別の内部告発者は、ケンブリッジ・アナリティカによって仕込まれた“記事”の大半は明らかな嘘だったと話した。

それらのアルゴリズムによる広告は効果があったのだろうか? 大半の人は、自分は物事をきちんと考えられるから、そう簡単にはだまされないと思っている。それでいて、自分以外の人──とくに政治的な信念が異なる人たち──は簡単にだまされると思っている。

だが、冒頭のエプスタインの実験でわかるように、検索結果として表示されるサイトの順序を変えるだけで、選挙で誰に投票するか決めていなかった人の気持ちは特定の候補者に傾いた。

そう簡単には心を操られないと思っていても、実際にはそうではないというわけだ。とはいえ、こうした例は事実ではあるが、その影響はごく少ないものでもある。

先述のターゲット広告も、内向的な人の性格に合わせた広告を表示させたほうが、商品が売れたが、その差はごくわずかだ。全員に同じ広告を表示した場合、1000人中31人が広告をクリックし、ターゲット広告では1000人中35人だった。論文の冒頭には50%増と書かれているが、それは実際にはクリック率が1000人中11人から16人に増えたということだ。

効果があるのはまちがいない。だが、ターゲット広告のメッセージを、冷静な人々が鵜呑みにすることはない。

それでも、選挙となれば、わずかな影響が大きな差として表れることもある。何十億人もの人がいて、その中の1000分の1が影響を受けただけでも、事態が一変しかねない。

2016年の大統領選挙でトランプはペンシルベニア州では600万票中4万4000票差、ウィスコンシン州では2万2000票差、ミシガン州では1万1000票差で勝利した。1%以下の差が明暗を分けたのだ。

実際、アメリカの大統領選挙で使われたケンブリッジ・アナリティカのターゲット広告にどのぐらいの影響力があったのかはわからない。真実がすべて明らかになったとしても、有権者1人ひとりがどんな理由で誰に投票するかを決めたのかまではわからない。

問題はこれからどうするかだ──。

アルゴリズムの判断を鵜呑みにせずに、真意を精査して、誰が得をするのか明確にし、アルゴリズムの間違いを正し、現状に甘んじないようにする。これこそが、アルゴリズムが社会のために役立つ未来を作るためのカギになる。そういう未来が作れるかどうかは、人間にかかっているのだ。