2021/09/07 05:50

気候変動を抑える取り組みが、このところ各国から次々に表明されている。

 4月の気候変動サミットを受け、菅義偉首相は2030年までに2013年比で温室効果ガスの排出を46%削減し、2050年までに実質的にゼロにするゼロエミッション(脱炭素化)という目標を発表。「2050年までの脱炭素社会の実現」を目指す改正地球温暖化対策推進法が5月26日に成立した。

 そのサミットを開催した米政権では、ジョー・バイデン米国大統領が就任初日にパリ協定へ復帰する大統領令に署名し、2050年までにゼロエミッションを果たすと発表していた。日米に先立ち、昨年の9月、世界一の二酸化炭素排出国である中国の習近平国家主席が、国連総会のビデオ演説で2060年までの脱炭素化を宣言している。

 ここに来て、日本だけでなく世界の大国までもが大胆な目標を掲げ始めたのはなぜなのか。

 各国の目標自体は2015年のパリ協定に沿うもので、決して目新しい内容ではない。しかしこれまでは、ハードルのあまりの高さから先送りにしていたのが実情だった。たとえば2019年に、世界的な気候科学者の一団が発表した報告書「パリ協定の気候目標に隠された真実」では、世界184カ国の2030年までの二酸化炭素削減目標のうち、ほぼ4分の3が不十分であると評価されていた。

その風向きが変わったのは、世界各地で記録される異例の高温や大規模な嵐、森林火災、干ばつ、熱波、洪水など、極端な現象が目立ち始めてきたことが挙げられるだろう。そして、極端な気象の長期的な変化には、地球温暖化の影響があると科学的な研究でしばしば指摘されている。

 たとえば日本でも、熊本県人吉市を中心に大きな被害をもたらした「令和2年7月豪雨」について、気象庁は「地球温暖化の進行に伴う長期的な大気中の水蒸気の増加により、降水量が増加した可能性」があるとした。これは7月3日から31日にかけて、球磨川をはじめ筑後川から最上川まで各地の大河川で氾濫があいついだ一連の記録的な大雨であり、記憶に新しいのではないだろうか。

 世界各地で記録される極端な現象と、科学的な発表の中でも、とりわけ大きな変化をもたらしたのが2018年に「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表したいわゆる「1.5℃報告書」だ。報告書では、世界の平均気温は産業革命前と比べてすでに1℃上昇しており、もし2018年の活動状況が続けば、早ければ2030年にも平均気温は1.5℃、2100年までには少なくとも3℃上昇するとした。

 さらに、今年8月9日に公開されたばかりのIPCCの最新報告書では、気候の現状について「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。大気、海洋、雪氷圏及び生物圏において、広範囲かつ急速な変化が現れている」と断定されている。

 日本では、2020年の気温と平年値(1991~2020年の観測値)との差は+0.65℃で、1898年の統計開始以降、最も高くなったと気象庁が発表している。今年は平年値が10年ぶりに更新されたが、去年までの平年値(1981~2010年の観測値)と比較すると、2020年との気温差は+0.95℃にのぼる。高温となる年は特に1990年代以降に頻出しているという。

では、もしこのまま対策を強化せず、気温が上がり続けるとどうなるのだろうか。最も恐るべきシナリオは、温暖化の暴走、いわゆる「ホットハウス・アース(温室地球)」という現象だ。

 これは温暖化がドミノ倒し的に加速して後戻りできなくなる状態だ。永久凍土が大量に融解し、広範囲にわたって森林は死滅して、温暖化の歯止めが利かなくなる。気温は一挙に5℃上昇し、海面は6~9m上昇、サンゴ礁とアマゾンの熱帯雨林は完全に失われ、地球上のほとんどの場所が居住不可能になるという。2018年に提唱された仮説ではあるものの、続く同年の1.5℃報告書は、ホットハウス・アースは2℃の気温上昇でも起こりうると指摘した。

 温暖化の暴走は、南極の氷の融解でも起きるという予測もある。この5月に学術誌「ネイチャー」に発表された論文によると、世界の気温上昇が2℃を超えれば、「暴走するプロセス」のせいで、南極では2060年頃から氷の融解が急激に進むようになり、2100年までの海面上昇が2倍近くになる可能性が指摘された。

 温暖化の影響予測については、北極海の氷に関する研究結果も多い。たとえば、2020年8月に学術誌「Nature Climate Change」に掲載された論文では、昨年の7月の北極海の海氷面積は1979年以降で最小を記録し、北極海の夏の氷は2035年までに完全に失われる可能性が高いという。

 日本の文部科学省と気象庁は昨年末に「日本の気候変動2020」を発表し、パリ協定前にIPCCが発表した最も温暖化が進むシナリオ(RCP8.5)の場合、21世紀末には20世紀末と比べて平均気温が4.5℃上昇すると予測した。すると、東京の気温はほぼ今の屋久島並みになる。また、猛暑日は約19日増加し、雨の降り方は極端になり、1日の降水量が200ミリを超える大雨の日は倍増するという。

もちろん、避けられるなら災害は防ぐべきだ。1.5℃報告書では、1.5℃と2℃では気候変動による被害がずいぶん違うとされ、より厳しい対応が求められた。結果、今では2℃より1.5℃が対策の「最先端」とされるようになり、各国がより大胆な目標を掲げる一因になっている。

 先ごろ、米国デスバレーで6月としては異例の54℃という高温を記録して話題になった。ボリビアでは巨大湖が消え、日本に襲来する台風はより遅く危険になっている。またオーストラリアでは、ウミガメが温暖化によってほぼメスだけになるなど、生物への影響も確認され始めている。温暖化はすでに、世界的に危険なステージにまで登りつめている状況と言えるのかもしれない。

 温暖化のさまざまな影響を目にしつつあるいま、このシリーズは、すでに気象で、海で、生態系で、世界中で起こっているそうした気候変動の具体的な証拠と原因を伝え、自分たちの未来を見つめる機会としたい。温暖化の原理は明確であり、温暖化を止めるには炭素の排出を止めるしかない。私たちは地球の「臨界点」到達という大きなリスクを防げるのだろうか。人類の未来は脱炭素化にかかっている。

この記事はナショナル ジオグラフィック日本版とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。世界のニュースを独自の視点でお伝えします。


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