2021/06/16 07:22

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ひでどん(@komatu00713)です。

夢が現実になる。すぐそこまで来ている。

人類が地球上の6大陸に続いて「月」を7番目の新大陸として目指している。日本も2022年度に小型探査機を打ち上げるが、タンパク質や水まで確保できるようになった月面で、現時点で唯一自足できないのが生鮮食品。月面で「甘いミニトマト」をいかに育てるか。ロケット技術では大国に負けても、何とか青果を作る農業技術ではまだ勝てるのではないか。そうした「夢」に向かって研究にいそしむ会社がある。(時事総合研究所客員研究員・長澤孝昭)

JAXAプロジェクトに協力

 昨年10月14日~16日に千葉県の幕張メッセで開かれた第10回農業Weekをのぞいたら、「JAXA『月面農場』プロジェクトと、ロボットによる無人農業生産システムの開発について」と題する講演テーマが目にとまった。講演したのは銀座農園(東京・銀座)の飯村一樹社長。2007年10月創業のロボットテクノロジーを活用したEV農機の開発ベンチャーのトップだ。シンガポールで高糖度トマトを生産し、郷里の茨城県下妻市には研究農場も持っている。福島県南相馬市にロボティクスセンターを持ち、東京都板橋区にはAIラボも開設。「テクノロジーで農業の未来を豊かにする」ことをビジョンに掲げている。

 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が食料を月面で栽培する「月面農場」の検討を始めたのは17年3月。その中で「機械やロボットを使って自動化・無人化しながら食物を生産したい」というJAXAと、かつてシンガポールの赤道直下でおいしいミニトマトを生産するプロジェクトを行ったことのある銀座農場の思いがマッチした。京都大学や東京工業大学との共同研究だ。

 JAXAにとって効率よく短時間で多様な宇宙を広く深くとらえる挑戦的な探査を行うにはどうしても民間の力が必要だった。探査研究のあり方をそれまでの国立研究開発法人による「発注型」から民間企業による「参画型」に変えたのもそのためだ。この結果、月面農場などJAXAプロジェクトに参加する民間企業は20年9月時点で102社(うち中小ベンチャー企業47社)、大学・公的機関が52機関(うち宇宙実績ありの企業9社)となり、約9割が非宇宙企業・大学だった。共同研究は94件に上り、既に光ディスク技術を応用した小型光通信装置(ソニーコンピュータサイエンス研究所)や持続可能な新住宅システム(ミサワホーム)、月面拠点の自動化施工(鹿島建設)などで成果が表れている。

トマト生産を提案

 銀座農場の飯村氏は09年5月、東京・銀座で100平方メートルのコインパーキングを借り上げ、農家100人を集め本格的なコメづくりを行った。10年には有楽町で産地直送の旬の野菜や果物を購入できる市場「交通会館マルシェ」を立ち上げ、人気マルシェになるまで育て上げ、現在も続いている。12年にはシンガポールに進出し、高糖度トマトの生産に乗り出した。小田急電鉄ともトマト生産に関して資本提携するなどやり手のビジネスマンでもあった。

 銀座農場のトマトはフルーツのように甘くて酸味が強いのが特長で、投資家からは「こんな甘いトマトを作れるのなら」と具体的なオファーもあってビジネスも実現間近まで行ったこともある。しかし、あと一歩のところで資金がショートし、撤退を余儀なくされた。海外であれほど打ち込んだトマトだったが、捨てる人あれば拾う神もあるものだ。18年にJAXAからのオファーもあって、銀座農場の提案がうまくミートし、採択されたという。

 JAXAは政府の方針に基づき、15年4月に異分野の人材・知識を集めた新組織「宇宙探査イノベーションハブ」(TansaX)を神奈川県相模原キャンパス内に立ち上げ、約30人体制で新しい活動に取り組んだ。月面農場は月面での農産物の栽培を想定したシステムだ。月や火星で探査を行うためには長期滞在が必要で、地球からの補給に頼らずに人類が生きていかなければならない。そのための手段を確保する必要がある。

 既にバイオベンチャー企業グループの中核企業ちとせ研究所が「穀物に頼らないタンパク質生産システム」を提供しているほか、キリンホールディングスも「袋培養型技術を活用した病害虫フリーでかつ緊急時バックアップの可能な農場システム」を開発。ビタミンC源となるレタスや炭水化物源のジャガイモ、タンパク質源となるダイズ苗の栽培に成功した。さらにはパナソニックも玉川大学と共同でジャガイモの栽培方法を研究している。

これまでの宇宙探査はすべて地球から約400キロメートル上空に建設された巨大な有人実験施設「国際宇宙ステーション」(ISS)で行われた。全体はサッカー場ほどの大きさで、条件が良ければ地上から肉眼で見える。ISSは地球の周りを時速2万8000キロメートルで回り、約90分で一周する。米国、カナダ、欧州、日本、ロシアの15カ国が協力し、1998~2011年に組み立てられた。最大6人の宇宙飛行士が滞在しながらさまざまな研究を行っている。運用は24年までと合意されている。

 24年以降の国際宇宙探査の大きな流れは月、火星、次いで深宇宙(宇宙の深部)の順だ。米国は17年12月、有人月面探査とそれに続く火星探査の実施を正式決定し、のちに「アルテミス計画」と命名された。アルテミスはギリシャ神話に登場する月の女神でアポロの双子のことである。日本は20年10月、カナダ、英国、イタリア、オーストラリア、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦(UAE)とともに同計画への参加を正式に決めた。

 これまでは地球から物資をISSに輸送し、ISSを拠点に月面の探査、火星など他の天体の観測など行っていた。しかし今後はISSの代わりに月を回る周回有人拠点「ゲートウェイ」が中継拠点となる予定だ。月探査の第1段階では24年までに水があるとされる月南極への有人着陸を実現。第2段階では28年までに持続的な月面探査を実施。有人火星着陸を30年代に目指す。

自給自足のシステム構築

 拠点を月面に置くとなると、毎回地球から物資を輸送するやり方は現実的ではなくなる。現地(月面)で生産し現地で消費する地産地消型の考え方により、可能な限り地球からの補給を最少にする自給自足型の宇宙システムを構築する必要がある。ゲートウェイや月面に100日程度の長期滞在するためには、ロボットで作れる食料生産システムが不可欠だ。最先端の農業技術を導入して省スペース、省エネルギー、省リソースは必須。さらにはロボットを活用して自動化、無人化が目標だ。

19年5月に公表されたJAXA月面農場ワーキンググループ検討報告書第1版によると、月面農場ではイネ、ダイズ、サツマイモ、ジャガイモ、トマト、キュウリ、イチゴの8品目の栽培が提案されている。居住人数は6人および100人を想定し、特に100人の場合には効率的な生産方法が必要としている。イネは発芽から苗、出穂、開花、登熟、収穫までに16週間が必要だ。真っ暗闇で発光ダイオード(LED)を活用する技術も数年以内に実用化される見通しで、生育の各段階を自動的に計測する計画だ。

 サツマイモやジャガイモも収穫したらまた植え直す循環方法を採用。レタスは多段式で動かしながら栽培面積を最小限にして栽培していく。トマトも縦ではなく横に伸ばしていく方法を採用する予定。イチゴについては蜂に代わって超音波で受粉させる方法を開発中だ。地球上では実用化されており、蜂の減少に悩む農業現場には朗報だ。

 月面農場の全体像について報告書は、100人規模のシステムでは、最も栽培面積の大きいイネをガントリ(架台)で効率良く栽培できるよう長い距離をとった円筒形の栽培エリアとした。これを6区画展開することで、収穫物を中央に集めるルートやリサイクル施設に搬入される残渣などを外側で運搬できるような構造だ。中央は生活エリアで、隕石や放射線が飛来するため地下に居住エリアを設ける。

 一般に地球から月面に物資を送るためには1キログラム当たり1億円かかり、宇宙飛行士が1時間宇宙空間で作業を行うと約500万円かかるといわれる。宇宙飛行士には飛ばすためのコストなどがかかっており、宇宙飛行士に農作物を栽培する時間はないというのがワーキンググループのコンセンサスだ。人手を使わない農業は月面で実証実験を行い、いずれ担い手不足の日本農業の現場でも活躍するはずだ。

銀座農場の提案は「LEDによる多段型回転式ミニトマト栽培システムおよび自動収穫ロボットの開発」。同社のアイデアが月面で実現すれば、完成したモジュール(部品を組み立てたユニット)を炎天下のアラブ首長国連邦(UAE)のドバイの地下室に設置したり、ロシアの雪深い田舎に置いたりすることも可能だ。リゾート地のフィジーのビルの裏側にモジュールを設置し、トマトを生産することもできる。

 月面で唯一ないのは野菜や果物などだ。飯村社長らも「このような生ものを作るシステムは日本の農業技術しかない。この技術を宇宙に届けることはJAXAの願いだ。日本の農業技術が月面で採用されると世界標準になり、これこそわれわれの願いでもある」と実現に強い意欲を示している。ロケットなどのハード面は米国にかなわないまでも、世界でも誰もマネのできない甘いミニトマトを月面にお届けする。これこそ日本の農業技術が世界のナンバーワンになることではなかろうか。(時事通信社「Agrio」2021年1月19日号より)

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