2021/06/04 06:31



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ひでどん(@komatu00713)です。

加速する脱炭素化の動きに対応するため、「社内炭素価格」(インターナルカーボンプライシング、ICP)を採り入れる企業が少しずつ増えている。

ICPは、ビジネスの過程で排出する二酸化炭素(CO2)を各社が独自基準で金額に換算して仮想上のコストとみなし、投資判断等に組み入れる手法だ。

背景には、各国政府がCO2に価格を付けて(カーボンプライシング、CP)、排出量に応じて課税したり、排出量に上限を設けて超過分に罰金を科したりする制度が広がっている事情がある。

炭素価格使い、環境配慮の投資判断
OECDの調査によると、すでに46の国と35の地域(アメリカの一部の州など)がCPを導入済みだが、今後一段と増えるとみられる。企業がICPで自主的にCO2の排出量を抑制することは、世界的なCP拡大への備えになる。

繊維大手の帝人は2021年1月からICPを導入し、グループでの設備投資計画に活用している。同社CSR企画推進部の大崎修一部長は「環境を優先した設備投資はコストアップになりがちで、事業部からは敬遠されることがあった。今後はICPによってCO2の排出量などを考慮した投資を後押ししていきたい」と語る。

ICPを使うと、これまでとは違った投資判断が可能になる。例えば、設備投資を検討する際に、CO2の排出量が多いが、30億円で済む設備Aと、CO2の排出量が少ないが、40億円かかる設備Bがあったとする。性能が同等なら10億円安い設備Aが選ばれるはずだが、今後はICPを加味した金額で比較した結果、設備Bが選ばれることも十分にありうる。

極端な場合、ICPの仮想コストを組み入れた将来的なキャッシュフローがマイナスになれば、「投資不適格」として設備投資自体を見送る可能性もある。

帝人では、海外事業の一部がすでにCPの影響を受けている。環境問題で先進的なEUでは、事業内容や規模次第でCO2の排出量に上限規制が課される。規制の上限を超えた分は他社から排出権を買ってCO2の排出量を帳消ししなければならず、超過分は1トンあたり100ユーロ(約1万3200円)の罰金が科される。

帝人がドイツで展開している炭素繊維工場は、この排出上限の対象事業に該当する。排出量の上限を超過しているため、毎年、排出権を購入(金額は非公表)することで規制をクリアしているという。

脱炭素シフトで排出権価格が高騰
将来、CO2の排出に伴って企業が負担するコストはかなりのレベルまで上昇していきそうだ。CPの導入エリアが広がっているうえ、CPの対象になる事業も増えていく。

さらに、排出権も高騰する可能性が高い。2020年に1トン当たり20~30ユーロで推移していた排出権は、世界的な脱炭素化シフトの影響を受けて、足元では40ユーロ(約5300円)前後まで跳ね上がっている。

帝人はICPを1トンあたり6000円に設定するが、これは排出権の相場等を参考にして決めたものという。大崎氏は「CPの対象やエリアが広がれば排出権は奪い合いになる。罰金の100ユーロを超えることはないが、そこを上限にかなりのところまで排出権の相場は上がるのではないか」と話す。

同社はこうした見通しも念頭に、ICPを使った投資判断を積み重ねて、先回りして将来的なCO2の排出抑制を目指す。

一昔前は、企業が環境に配慮するのは社会貢献の意味合いが多かった。だが、この2~3年はCP拡大の流れが加速し、CO2抑制は企業の経営に関わる問題になっている。その結果、帝人のように経営戦略としてICPの導入に踏み切る企業が増加している。

環境省によると、2020年3月時点での日本のICPの導入企業社数は118社でまだ少数派だが、世界ではアメリカ(122社)に次いで多い。2022年には250社程度まで増える見通しだ。

日本政府は2012年から原油や(天然)ガス、石炭などの化石燃料の使用量をCO2排出量に換算し、1トンあたり289円を徴収する地球温暖化対策税を導入しているが、それより負担の重い炭素税などはまだ取り入れていない。

環境省と経済産業省がそれぞれ検討委員会を設置してCPの本格的な導入を議論している最中だ。環境省は前向きだが、経産省や産業界からは企業の負担増を懸念する慎重論があり、先行きはまだ見通せない。

社内炭素価格をどこまで反映させるのか
そうした中、菅義偉首相は4月22日の気候変動サミットで、「2030年度にCO2等の温室効果ガスを2013年度比で46%削減することを目指す」と表明した。目標達成に向けてCP導入の可能性が一気に高まったことは間違いない。菅首相は1月18日の施政方針演説で脱炭素化への道筋として、「成長につながるCPにも取り組んで参ります」と発言している。

企業にとって悩ましいのは、日本のCPがどのようなレベルになるのかがまだ不透明な今の段階で、ICPでの仮想コストを実際にどこまで投資判断に反映させるのかだ。

2021年4月にICPを導入した化学メーカー・クラレの福島健・経営企画部長は、「国内においてはバーチャル(仮想)での数字をどこまで使うのかは今後、社内で議論が出てくるかもしれない。世界的な流れは明確なのでそれに対応する面も当然あるが、設備投資はそもそも時間が掛かるもの。今から(国内含めてCP導入が増える)将来リスクを見越して取り組む必要がある」と語る。

単純に足元の利益への影響だけを見れば、ICPは利益を目減りさせることも当然ある。また、ICPはあくまでも社内の独自基準だけに、価格の付け方から適用範囲までさまざまなやり方がある。導入する企業は、判断基準や考え方を投資家ら外部に丁寧に伝えて、企業評価にしっかりとつなげていく必要があるだろう。



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