2021/03/11 07:37

 

 

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ひでどん(@komatu00713)です。

 

「♪まほうのことばで たのしいなかまが ポポポポ~ン」―――その歌詞を見るだけで、ついメロディーが頭に浮かぶ。あの日から数カ月、テレビでは繰り返しこのアニメーションCMが流れていた。当時の年齢や、どこで、どう過ごしていたのかによって、抱く印象は異なるかもしれない。あの「ポポポポ~ン」とはいったい、なんだったのか。10年経った今語られる、ACジャパン公共広告「あいさつの魔法。」制作者の思いとは。(取材・文:山野井春絵/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

東日本大震災の直後から、民間企業はCMを一斉に自粛した。テレビ・ラジオ各局でCM放送枠がすっぽりと空いたなか、代わりに繰り返し流されたのが、ACジャパンの公共広告だ。とりわけ「あいさつの魔法。」と題された子ども向けアニメーションCMは、「ポポポポ~ン」のフレーズもキャッチーで、多くの視聴者の記憶に残った。

♪~
こんにちは(こんにちワン)
ありがとう(ありがとウサギ)
こんばんは(こんばんワニ)
さようなら(さよなライオン)

まほうのことばで
たのしいなかまがポポポポ~ン

おはよう(おはよウナギ)
いただきます(いただきマウス)

ナレーション>あいさつするたび ともだちふえるね
♪AC~

「あいさつの魔法。」はACジャパンの“全国キャンペーンCM”として、東急エージェンシーの北海道支社が2010年に制作した。小学校低学年くらいまでの子どもたちをターゲットに、「あいさつはたのしいこと、友達が増えるのは素敵なこと」というメッセージを伝えるためにつくられたものだった。それがたまたま、東日本大震災の時期と放映タイミングが重なったのだ。

単に心に残る過去の名作CMなら、いくつも思い浮かぶだろう。が、それらの放送時期を正確に答えるのは意外と難しい。しかし、この「ポポポポ~ン」は、一瞬にして人々の心を2011年の春に引き戻す。あの頃、テレビをつければ、被災地の状況や、放射性物質の影響を伝えるニュースばかり。暗い話題が続くなかで繰り返された無邪気で明るい「あいさつの魔法。」は、強いコントラストを描いて日本人の心に刻みつけられた。

そもそも、こうした公共広告を統括しているACジャパンとは何者なのか。公益社団法人ACジャパンの東京事務局次長の勝村久司さんに話を聞いた。

「ACジャパンは、1971年に発足した民間の広告の団体です。社団法人になって40年以上、500以上の公共広告キャンペーンを展開し、さまざまな公共広告を世に送り出してきました。公共広告は毎年、約20本制作しています。7月1日から毎年新しいキャンペーンが始まり、そこから1年間、それらのCMを会員各局に使ってもらうわけです。『あいさつの魔法。』は、2010年度分(2010年7月~11年6月放送分)としてつくられた作品のうちの一つでした」

勝村さんによれば、ACジャパンのCMは、下記の流れで作られる。

年末に1年のテーマを決定し、全国の広告会社に伝達する。その後、コンペを行い、2月の頭までに第1次審査、第2次審査、最終審査を経て、採用CMが決定。ゴールデンウィークまでに制作されたCMを6月中に各局に納品すると、7月1日から、随時オンエアされる。

つまり、実際に「あいさつの魔法。」が集中的に放映されたのは、2~3カ月間であり、思ったほど長くはなかったのではないか、と勝村さんは言う。それでも「ポポポポーン」は鮮烈な印象を残したのだ。

“ポポポポーン”がどれくらいの回数流されたのかについて「基本的にACジャパンが行っているのは、“広告素材の制作”です。納品先のテレビ局や新聞社もACの会員であり、納品したあとは、それぞれのご判断で、無料で放送・掲出していただくことになっています。ですから、たまに『あいさつの魔法。』は震災後何回放送されたか、私たちの方でそれをカウントするような仕組みはなく、正確な回数等は、こちらでも把握できないんです」と勝村さんは言う。

「あいさつの魔法。」ができるまで

「ポポポポ~ン」生みの親の一人、東急エージェンシー北海道支社のクリエーティブ・ディレクター・若浜明子さんは、同広告を企画した背景について、こう振り返る。

「いつか子ども向けの広告をつくってみたいという思いがありました。特に低年齢向けというお題だったので、一番わかりやすい『あいさつ』をテーマに案を出しました。あいさつはこれまでマナーの励行として捉えられていたと思うのですが、『あいさつをしたらもっと友達が増えるよ、人との距離を近づける道具になるんだよ』というのがコンセプトでした」

子どもの心に響く、何かキャッチーなことばを音楽にのせたい。ユニークな擬音をつくることはできないかと「パピプペポ」を使ってアイデアを出し合い、生まれたのが「ポポポポ~ン」だった。

「狙いどおり『ポポポポ~ン』は子どもたちに受け入れられ、学校でも活用されました。やはり、シンプルで耳に入りやすい面白いことばだったということが、印象深くした要因でしょう。クリエーターとしては、そこは大切な部分かなと今でも思っています」

アニメーションには、「あいさつ坊や」という少年と「あいさつガール」という少女のほか、10種類の動物たちが登場する。動物を起用したのには、どんな意図があったのだろうか。

「子どもにとって動物は、キャラクターとしてわかりやすいということもあるのですが、アイデアの根本的な部分を言うと、知らない人にあいさつをするのって、ちょっと勇気がいることですよね。そこを後押しして、そっと守ってくれるような……式神とか、守り神のようなものを思いついて、動物のキャラクターを設定したんです。魔法の呪文を唱えたら、ポンと出てくる動物の守り神。そんな、ファンタジーのイメージから生まれたんです」

繰り返される放送に“正直戸惑った”
子どもたちにあいさつの楽しさ、コミュニケーションの大切さを伝えるためにつくられた「あいさつの魔法。」。これが、震災後繰り返し流された事態を、若浜さんはどう受け止めたのだろうか。

「もちろん、まったく想像もしていませんでした。非常に戸惑ったというのが正直な気持ちです。企画意図はこれまで申し上げた通りで、そもそも災害のためにつくったCMではありません。企業CMの場合ならば、クライアントと相談をして、内容を変更するなどの介入がある程度可能になるのですが、ACの特性上、納品したらもう見守るしかない状況もあって、とても複雑でした。突然、私たちがつくったCMが驚く頻度で流れてくる。大量投下されることによって、何かネガティブな要素が上がってくるんじゃないか……そんな恐怖も感じました」


現在ACジャパンのHPには、広告への意見・要望フォームが用意されているが、当時はまだなかった。そのため、問い合わせの電話がACジャパンに殺到したという。

「賛否両論あったと聞いています。私たち制作者に直接届くことはなかったのですが、ネット上でも“CMが怖い”だとか“見ると(震災を)思い出す”とか、ネガティブな意見があって……。その事実は受け止めながらも、やはり残念なことだなと思います。当時『あいさつの魔法。』を見ていた年齢によって、印象はずいぶん違うんです。ネガティブに感じられたのは、やはり震災の恐ろしさを実感された方、主に大人なんですよね。逆に、当時5~6歳だった人たち、現在のティーンエージャーには、楽しい印象も残っていた、というんです。当時も『被災地でも子どもたちがみんなで歌っていたよ』と伝え聞いたりしました。彼らはまさに、私たちがメッセージのターゲットにした世代。ここに関しては、きちんと届いていたんだな、よかったな、と思っています」

捉え方の違いは、年齢のほか地域差もあるのではないか、と若浜さんは言う。

震災から半年ほど経った後、青森県八戸市の八戸三社大祭のお神輿に、「あいさつの魔法。」のキャラクターたちが乗せられたという。また、大分市の教育委員会はあいさつの啓発として、「あいさつの魔法。」を採用した。いずれもACジャパンの了承の下、無償提供されている。

「ちょっと今のコロナ禍にも似たような雰囲気で、八戸でも『震災の後にお祭りを行うのは不謹慎なのではないか』という意見があったらしいのですが、やっぱりみんなを元気づけるためにと開催されて、私も実際に“こんにちワン”たちが乗ったお神輿を現地へ見に行きました。このアイデアは地元の子どもたちから挙がり、創作も子どもたちの手でなされたと聞いて、とても感動しました」

SNS全盛の時代に、「あいさつの魔法。」が繰り返し放送されたら
「あいさつの魔法。」をめぐる一連の出来事は、若浜さんのクリエーターとしての心構えにどんな影響を及ぼしたのだろうか。

「全国に向けてメッセージを発信すること、その責任の重さを痛感しました。意図したところではない捉え方がなされる場合もある。多くの人々に認知していただいた、そこから感じるやりがいと、その反面、危険性もあるということを知った、忘れられない出来事です」

そして、あれから10年。ダイバーシティー&インクルージョンの考え方が日本でも進められるなかで、公共広告のプランニングは難しさを増していると若浜さんは言う。

「あらゆる部分に偏りがないかどうか、相手の立場になって考えているか。自己中心的な発想から見落としている点はないか。今はいろんな意味で、公共広告はつくりづらくなっているのを感じています。気にしすぎているという面もあるのかもしれません」

現在のようなSNS全盛時代に大災害が起こり、あの「あいさつの魔法。」連続放送が行われていたとしたら、炎上のターゲットになったかもしれない。

「想像すると、脅威を感じますね。しかし、どんな状況であっても、世の中のためになるメッセージを、誰も傷つけずに、わかりやすく噛み砕いて伝え、広げていくこと。これは、私だけでなく、制作に携わるチームみんなの考えでもあります」

新型コロナウイルスの流行は、世界中を不安に陥れた。感染者への差別、自粛ポリスのニュースが、あの日の記憶に揺さぶりをかける。そんな時だからこそ、公共広告のメッセージを、冷静に眺めてみたい。

「ポポポポ~ン」は今、10年後の私たちにメディア・リテラシーを促す呪文のようにも聞こえてくる。

 

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